償却と原状回復の費用の違い
| 項目 | 償却(敷引き) | 原状回復の費用 |
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| 何のお金か | 敷金・保証金のうち、契約で返さないと決めた額 | 借主が元に戻すべき損傷を直す費用 |
| 決まり方 | 契約で、金額・賃料の月数・保証金の割合・経過年数ごとの額などで決める | 実際の工事の内容と金額で決まる |
| 損傷がなくても差し引かれるか | 差し引かれる | 民法の原則では差し引かれない(通常損耗も借主の負担とする特約があれば、差し引かれることがある) |
| 法律の定め | 民法に定めはない。住宅では、高額に過ぎれば消費者契約法第10条により無効になりうる | 損傷を原状に戻す義務。通常の使用による損耗と経年変化は除く(民法第621条) |
民法は、借主が元に戻す義務を負う損傷から、通常の使用によって生じた損耗と、年数がたって生じた変化(経年変化)を除き、借主の責任ではない理由で生じた損傷も除いています(民法第621条)。最高裁も、借主は、特約のない限り、通常の使用による損耗について原状回復の義務を負わないとしています(最高裁平成23年3月24日判決)。敷金は、賃貸借が終わって物件を返したあと、未払いの賃料など借主の金銭の債務を差し引いた残りが返ってくるお金です(民法第622条の2第1項)。償却は、この民法の差し引きとは別に、契約で決める「返さない額」です。
なお、2020年4月1日より前に結んだ賃貸借には、改正前の民法が使われます(民法の一部を改正する法律 附則第34条第1項)。ただ、借主が特約のない限り通常の使用による損耗の原状回復の義務を負わないことは、改正前に結ばれた契約についての最高裁の判決(平成23年3月24日)でも同じです。

償却と礼金の違い
償却も礼金も、返ってこないお金です。主な違いは払い方で、礼金は契約のときに払い、償却は預けた敷金・保証金から差し引かれます。また、最高裁は、住宅の敷引きを、別の合意などがない限り通常損耗の補修費用にあてる趣旨を含むものとし、礼金は「礼金等他の一時金」として、敷引金の額が高額に過ぎるかを判断する材料のひとつにしています(平成23年3月24日判決)。
| 項目 | 償却 | 礼金 |
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| 払い方 | 預けた敷金・保証金から差し引かれる | 契約のときに払う |
| 返ってくるか | 返ってこない | 返ってこない |
| 消費税(事業用の建物) | 課税の対象 | 課税の対象 |
| 消費税(住宅) | 非課税 | 非課税 |
(消費税は、国税庁 タックスアンサーNo.6225の「保証金、権利金、敷金または更新料などのうち、返還しないもの」の扱いによる)
会社の勘定科目と仕訳は「敷金・礼金の勘定科目」で説明しています。
通常の使用による損耗とは(国土交通省のガイドライン)
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」は、民間賃貸住宅を対象に、原状回復を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義しています。次の入居者を確保するためのリフォームなど、経年変化と通常の使用による損耗の修繕は、貸主が負担するものとしています。
ガイドラインの修繕分担表から、例を挙げます。
| 貸主の負担となるもの(例) | 借主の負担となるもの(例) |
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| 家具の設置による床・カーペットのへこみ、設置跡 | 引越作業などで生じた引っかきキズ |
| 日照などの自然現象によるクロスの変色 | タバコなどのヤニ・臭い |
| 壁などの画鋲・ピンの穴(下地ボードの張替えが不要な程度) | 重量物をかけるためのくぎ穴・ネジ穴(下地ボードの張替えが必要な程度) |
| テレビ・冷蔵庫などの後部壁面の黒ずみ(いわゆる電気ヤケ) | 借主が天井に直接つけた照明器具の跡 |
(住宅のガイドラインの例です。オフィスや店舗では、契約書の原状回復の条項と民法第621条で判断します)
両方差し引かれるのは二重取りか
償却は、借主がつけた損傷の原状回復の費用とは別の取り決めです。ただし、住宅の敷引きは、別の合意などがない限り、通常の使用による損耗の補修費用を定額で借主に負担させる趣旨を含むと判断されています(最高裁平成23年3月24日判決)。契約で償却を決め、別に借主がつけた損傷があれば、両方が差し引かれることはあります。二重取りになるかどうかは、償却が何のためのお金と決められているかと、原状回復として何を直したかの組み合わせで考えます。
| 償却の趣旨 | 原状回復として差し引かれたもの | 考え方 |
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| 通常の使用による損耗の補修にあてると契約に書いてある | 通常の使用による損耗の補修(壁紙の日焼け、床の通常の擦り減りなど) | 同じものに二重に払っている疑いがある |
| 通常の使用による損耗の補修にあてると契約に書いてある | 借主がつけた傷や汚れの補修 | 別のものなので、両方差し引かれうる |
| 趣旨が書かれていない | 借主がつけた傷や汚れの補修 | 別のものなので、両方差し引かれうる |
| 趣旨が書かれていない | 通常の使用による損耗の補修 | 住宅では、別の合意などがない限り敷引きは通常損耗の補修の趣旨を含むとされる(平成23年3月24日判決)ため、1行目と同じく二重の疑いがある。事業用では、通常損耗を借主の負担とする特約があるかを確かめる(民法第621条) |
(当社の整理です。個別の契約の判断は、契約書の文言によります)
住宅の敷引きは、契約書に趣旨が書かれていなくても、当事者の間で別の合意などがない限り、通常損耗の補修費用を借主に負担させる趣旨を含むと判断されています(最高裁平成23年3月24日判決)。住宅で償却(敷引き)があるのに、通常損耗の補修を原状回復の費用として別に差し引かれていたら、とくに注意して確かめます。
最高裁平成23年3月24日判決(住宅の敷引き)
最高裁は、居住用のマンションの賃貸借で、保証金から経過年数に応じた額を差し引く敷引特約が、消費者契約法第10条により無効になるかを判断しました(最高裁平成23年3月24日判決、平成21年(受)第1679号)。
事案の概要
| 項目 | 内容 |
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| 物件 | 京都市のマンションの一室(専有面積約65.5㎡) |
| 賃料 | 月9万6,000円 |
| 保証金 | 40万円 |
| 敷引金 | 経過年数に応じて18万円〜34万円(この事案では21万円) |
| 契約書の定め | 通常損耗等は敷引金で賄い、借主は原状回復を要しない |
| ほかの一時金 | 更新のとき賃料1か月分の更新料。礼金などはなし |
判決の内容
判決は、次のように判断しています。
- 居住用建物の賃貸借契約に付けられた敷引特約は、当事者の間でその趣旨について別の合意などがない限り、通常損耗等の補修費用を借主に負担させる趣旨を含む
- 借主は、特約のない限り、通常損耗等について原状回復の義務を負わないので、この特約は借主の義務を重くするものにあたる
- 借主は、賃料に加えて敷引金でも補修費用を負担させるのは二重の負担だと主張したが、判決は、補修費用にあてる金員を敷引金として授受する合意があれば、補修費用を含まない賃料が合意されているとみるのが相当で、敷引特約で補修費用を二重に負担するということはできないとした
- ただし、敷引金の額が、通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金などほかの一時金の有無と額などに照らして高額に過ぎる場合は、賃料が近くの同じような建物の賃料相場より大幅に安いなどの特段の事情がない限り、消費者契約法第10条により無効になる
- この事案では、敷引金は通常想定される補修費用を大きく超えるものとまではいえず、賃料月額の2倍弱〜3.5倍強にとどまり、更新料のほかに礼金などの一時金もないため、高額に過ぎるとはいえず、無効ではない
判決が「二重の負担」について判断したのは賃料と敷引金の関係で、敷引金と原状回復の費用の両方を差し引いた事案ではありません。この事案で差し引かれたのは敷引金の21万円で、残りの19万円は返還されています。そのうえで当社の整理として、敷引きで通常損耗の補修費用をまかなう契約なのに、退去のときに通常損耗の補修費用を原状回復の費用として別に差し引いていれば、同じものに二重に払っている疑いがあります。
裁判例:敷引きは有効、補修費は通常損耗を除いて減額(神戸地裁平成14年6月14日判決)
国土交通省のガイドラインは、敷引きと補修費の両方を差し引かれ、襖・壁・床の張替えや畳表替えなどが争われた事例として、神戸地裁平成14年6月14日判決を紹介しています(ガイドライン 事例16)。
| 項目 | 金額 |
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| 敷金 | 70万円 |
| 敷引金 | 28万円 |
| 貸主が別に差し引いた補修費(襖・壁・床の張替え、ハウスクリーニングなど) | 26万2,993円 |
| 裁判所が認めた補修費 | 7万2,345円 |
| 追加で返還を命じられた額 | 19万648円 |
判決は、敷引きは賃貸借契約成立の謝礼、賃料の実質的な先払い、建物の自然損耗の修繕に必要な費用などさまざまな性質を一体として、一定額を貸主に帰属させる合意で、金額が著しく高額で暴利行為にあたるなどの特段の事由がない限り有効としました。この事案の敷引きも、自然損耗の修繕に必要な費用にあてるものと認めています。そのうえで、敷金から差し引ける補修費は、通常の使用に伴う自然損耗を除いた、借主の責任による毀損の分に限られるとして、7万2,345円だけを認めました。敷引きが有効でも、通常損耗の補修費を別に差し引くことまでは認められなかった例です。
最高裁平成17年12月16日判決(通常損耗の特約)
最高裁は、借りた建物の通常の使用による損耗について借主が原状回復の義務を負うには、借主が補修費用を負担する損耗の範囲が契約書に具体的に書かれているか、貸主が口頭で説明し、借主が明確に認識して合意したと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要だと判断しています(最高裁平成17年12月16日判決、平成16年(受)第1573号)。判決は建物の賃貸借一般について理由を述べており、事案は住宅(特定優良賃貸住宅)の賃貸借です(ガイドライン 事例24)。
償却とは別に、原状回復の費用として通常損耗の補修を差し引かれた場合は、その負担を定めた特約が契約書に具体的に書かれているかを確かめます。
住宅と事業用の違い
消費者契約法は、「消費者」を個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く)と定め、消費者と事業者の間の契約を「消費者契約」としています(消費者契約法第2条)。会社がオフィスや店舗、倉庫を借りる契約や、個人事業主が事業のために借りる契約は、消費者契約にあたりません。
| 項目 | 住宅(個人が住むために借りる) | 事業用(オフィス・店舗・倉庫) |
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| 消費者契約法 | 当てはまる(貸主が事業者の場合) | 当てはまらない(第2条) |
| 高すぎる償却(敷引き) | 高額に過ぎれば無効になりうる(平成23年3月24日判決) | 消費者契約法による無効の主張はできない。公序良俗に反する契約は無効(民法第90条) |
| 通常損耗の特約 | 明確な合意が必要(平成17年12月16日判決) | 同判決は建物の賃貸借一般について理由を述べている(事案は住宅)。借主が負担する範囲が契約書に具体的に書かれているかを確かめる |
国土交通省のガイドラインは、オフィスビルの賃貸借で、借主には原状回復の条項にもとづき、通常の使用による損耗・汚損も除去して借りたときの状態に戻して返す義務があるとした、東京高裁平成12年12月27日判決も紹介しています(ガイドライン 事例15の脚注)。この事案では、電気設備の撤去、空調設備のオーバーホール工事、塗装工事、内装工事、クリーニング工事などが借主の負担とされました。事業用の契約では、通常損耗も借主の負担とする条項があれば、それが基準になりえます。
事業用の契約では、償却の月数や割合は、原則として契約で合意した内容が基準になります。償却が何のためのお金か(通常損耗の補修にあてるのか)も、契約書に書かれていなければわかりません。二重の負担を避けるために、署名する前に、償却の趣旨と原状回復の範囲を書面で確かめます。