大口テナントの退去が、ビルに与える影響
大口テナントの退去は、空室が1区画増えるだけの話ではありません。賃料収入、借入の返済、ビルの価格、共用部の費用の負担に、同時に影響します。
賃料収入と稼働率が一度に下がる
たとえば、5フロアのうち2フロアを1社が借りているビルでは、その会社が退去すると稼働率は100%から60%に下がります。共益費の収入も同じ割合で減ります。
空いた区画にも、固定資産税、共用部の電気代や清掃費、設備の保守費はかかり続けます。賃料収入が減っても経費はほとんど減らないため、手元に残る収支は、空室の割合よりも大きく減ります。
借入の返済と、金融機関への説明
ビルの取得や改修に借入がある場合は、賃料収入の減少が返済の余裕に直結します。借入の契約に、稼働率や返済の余力についての条件や、報告の定めがあることもあります。
退去の予告を受けた段階で、退去後の収支の見通しと次の募集の計画をまとめ、取引のある金融機関に早めに説明しておくと、返済の条件の相談がしやすくなります。
ビルの価格への影響
テナントに貸しているビルの価格は、賃料収入から経費を差し引いた純収益をもとに考えられることが多く、空室が増えるほど下がりやすくなります。売却を考えている場合は、空いたまま売るか、埋めてから売るかで、価格の見通しが変わります。
空室と価格の関係は「自社ビルの売却とメリット・デメリット」で説明しています。
予告を受けたら、最初に決めること
大口テナントの退去では、予告から退去までの期間をどう使うかで、空室の期間が変わります。最初に退去の後の収支を試算し、そのうえで退去の範囲と時期、一括か分割か、使える予算と工事の時期を決めます。
退去の後の収支を試算する
退去の後に空室が何か月続くと、どれだけ収入が減るかを先に試算します。試算があれば、工事に使える予算と、条件をどこまで見直せるかの目安が決まります。
たとえば、1フロア100坪・坪単価2万円のフロアが5つあるビルで、2フロアを借りていた会社が退去する場合は、次のようになります。
| 項目 | 退去の前 | 退去の後(2フロアが空室) |
|---|
| 稼働率 | 100% | 60% |
| 月の賃料収入 | 1,000万円 | 600万円 |
| 空室が6か月続いたときに失う賃料 | ― | 2,400万円 |
| 空室が12か月続いたときに失う賃料 | ― | 4,800万円 |
退去の範囲と時期を確認する
複数のフロアを借りている会社では、一部のフロアだけを残す、時期をずらして段階的に退去するといった選択肢もあります。退去の理由とあわせて、残せる範囲と時期を相談します。
一部のフロアに残ってもらえれば、空室の割合を抑えられるうえ、共用部の管理の体制も保ちやすくなります。解約予告を受けたときの全体の流れは「テナントから解約予告が届いたら」で説明しています。
一括で貸すか、分けて貸すか
空く区画を、そのままの広さで1社に貸すか、いくつかに分けて複数の会社に貸すかを決めます。判断の材料は、その広さの区画を探している会社の多さ、分ける工事ができるか、分けた後の管理の手間です。
| 比べること | 一括で貸す | 分けて貸す |
|---|
| 探している会社の数 | 大きい区画を探す会社は限られる | 中小の区画を探す会社は多い |
| 決まるまでの期間 | 1社が決まれば一度に埋まる。決まるまでが長くなりやすい | 1区画ずつ埋まる。最初の区画は決まりやすい |
| 工事 | 原状回復を終えた状態で貸せる | 共用の廊下や設備を分ける工事が要る |
| 貸せる面積 | フロアの全部 | 共用の廊下の分だけ減る |
| 管理の手間 | テナントが1社で済む | テナントの数だけ、契約と窓口が増える |
一括と分割の両方の案で募集する
一括で貸すか分けて貸すかを決めきれない場合は、両方の案で募集を始める方法もあります。フロア全体の図面に加えて、分けた場合の区画の図面を2〜3案つくり、「ワンフロアでも、分けても貸せる」ことを仲介会社に伝えます。
大きな区画を探す会社から申し込みがあれば一括で、中小の区画の申し込みが先に入れば分ける方向で進めます。分けた区画の一部が先に決まった場合に、残りの区画をどの広さで募集するかも、あらかじめ決めておきます。
予算と工事の時期を決める
分ける工事や内装付きにする工事の予算は、先の試算と比べて決めます。この例では、空室の期間が半年縮まれば、失う賃料は2,400万円少なくなります。
工事を行うなら、退去と原状回復の工事の時期に合わせて段取りします。退去するテナントの原状回復の範囲も、その工事に合わせて取り決めます。次の工事で撤去する内装や、残して使う間仕切り・設備があれば、原状回復の範囲から外す、工事を行わない代わりに費用で精算する、といった取り決めを退去の前に書面で交わします。
一括で募集する場合
広い区画をそのまま1社に貸す場合は、探している会社が限られるため、募集の範囲を広げ、移転先を探し始めた会社に早く情報を届けることが大切です。
大きな区画を探す会社に、早く届ける
広い区画を借りる会社も、現在のオフィスの解約予告の期限までに移転先を決める必要があります。退去の予告を受けた段階で入居できる日を決め、大きな区画を扱う仲介会社に情報を届ければ、移転先を探し始めた会社の候補に早く入れます。
募集の資料には、ワンフロアの面積と入居できる日に加えて、天井の高さ、床の荷重、電気の容量、空調の系統など、広い区画を探す会社が比べる設備の情報をそろえます。
敷金と初期費用を見直す
東京都で募集中のオフィス区画を広さ別に見ると、100坪以上の区画の敷金の月数の中央値は12か月分で、20〜50坪の6か月分の2倍です。1フロア100坪・坪2万円の区画は月額賃料200万円で、敷金12か月分なら2,400万円になり、借りる側の手元の資金を圧迫します。
賃料の水準を保ったまま初期費用を下げる方法として、敷金の一部を保証に置き換える方法があります。保証会社の日商保の「敷金半額くん(オーナー様向け)」は、入居時に預かる敷金の一部を日商保の保証に置き換え、減らした敷金と同じ額を保証で担保する仕組みです。先の例で敷金の半分を置き換えれば、借りる側が預ける敷金は1,200万円に下がり、オーナーの担保は敷金1,200万円と保証1,200万円で、下げる前と同じ2,400万円に保てます。
利用には日商保の審査が必要で、保証料は入居する会社が負担するのが基本です。賃料の水準を保つ方法には、入居後の一定の期間の賃料をなくすフリーレントもあります。付け方は「フリーレントとは」で説明しています。
内覧会で、広さを実際に見てもらう
広い区画は、図面や写真だけでは広さや眺め、天井の高さが伝わりにくいものです。複数の仲介会社と、移転を検討している会社に一度に見てもらう内覧会を開くと、情報が届く範囲を広げられます。
フロアを分割して貸す場合
広い区画を分けて貸すと、探している会社の多い広さで募集でき、最初の区画が決まるまでの期間を短くしやすくなります。ただし、分けられるかどうかは建物のつくりで決まるため、先に工事ができるかを確認します。

分けられるかを確認する
フロアを分けるには、各区画からエレベーター、トイレ、階段に出られる共用の廊下が必要です。あわせて、空調の系統や電気の容量を区画ごとに分けられるか、各区画の入口と鍵、セキュリティをどう分けるかを確認します。
間仕切りを変えると、避難の経路や、自動火災報知設備の感知器・スプリンクラー・誘導灯などの消防設備の配置、排煙設備や非常用照明にも影響します。東京都では、間仕切りの変更などの工事について、着手の7日前までに消防署へ届け出る定めがあります(東京都火災予防条例第56条)。建築基準法などの決まりに沿っているかとあわせて、設計者や設備の会社に確認します。
分ける広さを決める
分ける広さは、そのエリアで問い合わせの多い広さと、共用の廊下の位置から無理なく分けられる広さで決めます。どの広さの問い合わせが多いかは、そのエリアを扱う仲介会社に聞きます。
東京都で募集中のオフィス区画は、20〜50坪が2,032区画ともっとも多く、次いで50〜100坪が1,208区画です。募集中の区画の数は、借りる会社の数ではなく、同じ広さで競合する区画の数を表します。20〜50坪に分けると、もっとも多くの区画と賃料や条件を比べられることになります。
工事の費用と、取り戻す見込み
分ける工事には、間仕切り、共用の廊下、入口の扉、空調と電気の工事などの費用がかかります。工事の費用は、分けた区画が埋まるまでの期間の短さと、賃料の水準で取り戻せるかで判断します。
東京都の募集中の区画の坪単価の中央値は、20〜50坪で2万2,000円、50〜100坪で2万3,000円、100坪以上で2万円です。広さが違えば立地や築年も違うため単純には比べられませんが、100坪以上の区画の坪単価の中央値は、ほかの広さより低くなっています。
借りる側の初期費用の重さが理由で決まらないのであれば、分ける工事の前に、一括のまま敷金を下げる方法と比べます。
分けた後の管理
テナントが増えると、賃貸借契約、賃料の請求、問い合わせの窓口が増えます。共用の廊下の清掃や照明、セキュリティの運用も、テナントの数に合わせて見直します。管理会社(PM 会社)がいる場合は、管理の費用が変わるかも確認します。
テナントの数が増えると、入居審査の件数も増えます。日商保の敷金半額くんを使う場合は、日商保が独自に審査したうえで保証し、保証のあとも毎年決算書を取得して、テナントの経営状況をオーナー様に報告します。