相続でビルを引き継ぐと、何を引き継ぐか
相続人は、相続が始まった時から、亡くなった方の財産に属した一切の権利と義務を引き継ぎます(民法第896条)。ビルの場合は、建物と土地だけでなく、テナントとの契約やお金の義務も含まれます。
貸主の立場と、賃貸借契約
テナントとの賃貸借契約は、相続によって終わることはなく、相続人が貸主の立場を引き継ぎます。賃料を受け取る権利と、建物を使わせる義務、修繕などの貸主の義務も、そのまま引き継ぎます。
相続人が複数いる場合は、遺産分割が終わるまで、相続財産は相続人の共有になります(民法第898条)。その間の賃料の受け取り方や、管理の窓口を、相続人の間で決めておく必要があります。
預かっている敷金を返す義務
テナントから預かっている敷金は、テナントが退去して区画を明け渡したときに返す義務があります。この返す義務も、相続人が引き継ぎます。
預かっている敷金は、テナントに返す義務のある債務で、相続税の計算では債務として差し引くのが一般的です。テナントごとの預かりの額を、賃貸借契約書と通帳の記録で確認しておきます。
借入と、管理会社などとの契約
ビルの取得や修繕に借入がある場合は、その返済の義務も引き継ぎます。管理会社、清掃や設備の保守の会社、火災保険などとの契約も、名義の変更や引き継ぎの手続きが必要です。
貸しているビルの、相続税の評価の仕組み
相続税の計算では、ビルの土地と建物を、国税庁の財産評価基本通達にもとづいて評価します。貸しているビルは、テナントがいる分だけ、所有者が自由に使えないため、自分で使っている場合より評価が低くなります。
土地(貸家建付地)の評価
貸しているビルの敷地は、貸家建付地として、次の式で評価します(国税庁 タックスアンサー No.4614)。
貸家建付地の価額 = 自用地としての価額 -(自用地としての価額 × 借地権割合 × 借家権割合 × 賃貸割合)
借地権割合は、路線価図に地域ごとに示されている割合です。借家権割合は国税局長が定める割合で、財産評価基準書(東京都)では30%とされています。
建物(貸家)の評価
建物は、固定資産税評価額をもとに評価します。貸している建物は、貸家として、次の式で評価します。
貸家の価額 = 固定資産税評価額 -(固定資産税評価額 × 借家権割合 × 賃貸割合)
借家権割合が30%で、すべての区画を貸していれば(賃貸割合100%)、建物の評価は固定資産税評価額の70%になります。
賃貸割合とは
賃貸割合は、建物の各独立部分の床面積の合計のうち、課税時期に貸していた各独立部分の床面積の合計が占める割合です。各独立部分とは、壁や扉、床と天井でほかの部分と区切られ、独立した出入口があるなど、独立して貸すことなどに使える部分をいいます。
| 項目 | 内容 |
|---|
| 賃貸割合 | 課税時期に貸していた各独立部分の床面積の合計 ÷ 建物の各独立部分の床面積の合計 |
| 課税時期 | 相続の場合は、亡くなった日 |
| 各独立部分 | 壁や扉、床と天井で区切られ、独立した出入口があるなど、独立して使える部分。所有者が自分で使っている区画も含む |
会社でビルを持っている場合
ビルを会社(資産管理会社など)が持っている場合、相続人が引き継ぐのは会社の株式で、ビルそのものではありません。株式は取引相場のない株式として評価し、会社の資産をもとに計算する方法(純資産価額方式)では、会社が持つビルの土地と建物も、貸家建付地・貸家として賃貸割合を使って評価します。そのため、会社で持っている場合も、空室が株式の評価に響くことがあります。
一方、小規模宅地等の特例は、会社が持っている土地には使えません。また、会社が相続の開始前3年以内に取得したり建てたりした土地と建物は、通常の取引価額で評価します。株式の評価の方法は会社の規模や資産の構成によって変わるため、税理士に確認します。
空室があると、相続税の評価額は上がる
賃貸割合が下がると、評価から差し引く額が小さくなるため、評価額は上がります。相続のときに空室が多いビルほど、相続税の負担が重くなる仕組みです。

上の例を、段ごとに計算すると次のとおりです。
| 計算の段 | 満室(賃貸割合100%) | 4割が空室(賃貸割合60%) |
|---|
| 土地から差し引く額(3億円 × 70% × 30% × 賃貸割合) | 6,300万円 | 3,780万円 |
| 土地の評価額 | 2億3,700万円 | 2億6,220万円 |
| 建物から差し引く額(1億円 × 30% × 賃貸割合) | 3,000万円 | 1,800万円 |
| 建物の評価額 | 7,000万円 | 8,200万円 |
| 合計 | 3億700万円 | 3億4,420万円 |
上の例では、4割が空室のビルは、満室のビルより評価額が3,720万円高くなります。建物が丸ごと空いていると、貸家建付地・貸家としての評価ができず、自分で使っている場合と同じ評価になり、9,300万円高くなります。
建物が丸ごと空いているとき
国税庁は、借家人が立ち退いた後、空き家になっている家屋の敷地は、貸家建付地ではなく、自用地としての価額で評価するとしています。賃貸用に建てた建物であっても、課税時期に現実に貸していなければ、同じ扱いです。
一棟を1社に貸していたビルで、そのテナントが退去した直後に相続が起きると、この扱いになることがあります。一棟貸しのビルの空室の立て直し方は「大口テナントが退去するとき」で説明しています。
一時的な空室の扱い
継続して貸してきたビルで、課税時期にたまたま空いていた区画は、次のような事実から一時的な空室と認められれば、貸していたものとして扱ってよいとされています(国税庁 タックスアンサー No.4614)。
- 課税時期の前から、継続して貸してきた区画であること
- 前のテナントが退去した後、すぐに次のテナントの募集をしており、空いている間、ほかの用途に使っていないこと
- 空いている期間が、課税時期の前後の例えば1か月程度であるなど、一時的な期間であること
- 課税時期の後の賃貸が、一時的なものではないこと
空室が長く続いている区画や、募集をやめている区画は、一時的な空室と認められないことがあります。日ごろから募集を続け、その記録(仲介会社への依頼や募集図面の日付)を残しておくことが、相続のときの評価にもつながります。
小規模宅地等の特例と空室
貸しているビルの敷地は、一定の要件を満たせば、小規模宅地等の特例の貸付事業用宅地等として、200㎡までの部分の評価を50%減らせます(国税庁 タックスアンサー No.4124)。ビルを相続した親族が、相続税の申告期限までに貸付の事業を引き継いで続け、その宅地を申告期限まで持ち続けることが要件です。
この特例を使うには、原則として相続税の申告期限までに、その宅地を誰が取得するかが遺産分割で決まっている必要があります。期限までに決まらない場合も、申告書に分割の見込みを記した書類を添え、期限から3年以内に分割すれば、特例を使えることがあります。自宅の敷地などほかの宅地にもこの特例を使う場合は、使える面積が調整されます。
相続の直前に空いていた区画に対応する敷地の部分は、特例の対象から外れることがあります。国税庁の資料では、子を住まわせるために募集をやめていた部屋について、その部屋に対応する部分を対象から外して計算しています。
一方、同じ資料では、空いた直後から仲介会社を通じて募集し、いつでも入居できる状態に管理していれば、空室の部分も貸付事業に使われていたものと認められるとしています。ほかの要件を満たし、申告期限にも同じ状況であれば、空室の部分を含めた敷地全体が対象になるとされています。
なお、相続の開始前3年以内に新たに貸し始めた宅地は、原則として対象から外れます。ただし、相続の開始の日まで3年を超えて、事業と呼べる規模の貸付(特定貸付事業)を続けてきた場合は、この除外に当たりません。具体的な計算と要件は、税理士に確認します。
相続の前からできること
相続のときの評価と、相続の後の経営は、相続の前のビルの状態で決まる部分があります。所有者が元気なうちに、家族や管理会社と次の点を共有しておくと、相続の後の判断が早くなります。
- 空いている区画の募集を続け、仲介会社への依頼や募集図面の日付などの記録を残す
- テナントごとの賃貸借契約書、敷金の預かりの額、賃料の入金の記録を、一か所にまとめておく
- 修繕の履歴と、今後の大規模な修繕の計画を、家族や管理会社と共有しておく
- 借入の残高と返済の予定、ビルを続けるか売るかについての所有者の考えを伝えておく
相続の後、最初の10か月でやること
相続税の申告と納付の期限は、ともに相続の開始を知った日の翌日から10か月以内です(相続税法第27条・第33条)。ビルの経営は、その間も止まらずに続きます。期限までの間に、テナントへの連絡、管理と募集の体制、遺産分割、続けるか売るかの判断を進めます。
申告期限より前にも、期限のある手続きがあります。相続を放棄するか、限定承認をするかは、相続の開始を知った時から3か月以内に決めます(民法第915条)。亡くなった方のその年の賃料収入などについての所得税の申告(準確定申告)は、相続の開始を知った日の翌日から4か月以内です。
また、相続でビルを取得した相続人は、取得を知った日から3年以内に、相続による所有権の移転の登記を申請する義務があります。
テナントへの連絡と、賃料の受け取り先
貸主が変わったことと、賃料の振込先が変わる場合はその口座を、書面でテナントに知らせます。遺産分割が終わるまでの間の振込先と、分割の後の振込先が変わる場合は、その時期も伝えます。
管理と募集の体制を決める
亡くなった方がビルの管理や募集を自分で行っていた場合は、誰が引き継ぐかを決めます。空いている区画があれば、相続の手続きの間も募集を止めないことが大切です。
空室の期間は、そのまま失う賃料になるうえ、空室が長く続くほど売却の価格にも響きます。自分たちで募集を進めるのが難しい場合は、ビルオーナーの立場で募集を担うリーシングマネジメントの会社に任せる方法があります。埋まらない原因の見分け方と募集条件の見直しは「オフィスビルの空室対策」で説明しています。
遺産分割と、ビルの持ち方
ビルを1人の相続人が引き継ぐか、複数の相続人で共有するかは、遺産分割で決めます。共有にすると、売却や大きな改修のたびに共有者の合意が必要になるため、その後の経営のしやすさも考えて決めます。
小規模宅地等の特例は、原則として申告期限までに分割が決まっていることが条件のため、分割の話し合いは期限を意識して進めます。