敷金の償却とは何か

償却は「返ってこないと決まった部分」を指す
敷金の償却とは、預けた敷金のうち退去時に返還されない部分のことです。契約書には「敷金のうち賃料2ヶ月分を償却する」「解約時に敷金の20%を償却とする」といった形で書かれます。原状回復費用を精算した結果として戻らない金額とは性質が違い、実際に工事費がいくらかかったかに関係なく、契約で決めた分が最初から差し引かれます。
紛らわしいのは、同じ意味の言葉が地域や業界で違う呼ばれ方をすることです。関西では「敷引き」と呼ばれ、契約書にも敷引と記載されます。ほかに「解約引き」「保証金償却」という書き方もあります。名称が違っても、退去時に無条件で差し引かれるという点は同じで、会計処理も同じ考え方で処理します。契約書を読むときは「償却」という単語だけを探すのではなく、返還されない金額の定めがあるかどうかを見てください。
償却が発生する時期は契約によって分かれる
償却がいつ発生するかは契約次第です。多いのは退去時にまとめて差し引く形ですが、契約から一定期間が経過した時点で償却する定めもあります。たとえば「契約後2年を経過した時点で敷金の10%を償却する」と書かれていれば、入居を続けていても2年経過の時点で返還されない金額が確定します。
この違いは会計処理のタイミングに直結します。退去時償却なら解約が決まった事業年度に費用として認識し、期間経過で償却するなら該当する時点で認識します。契約書に償却の時期が明記されていない場合、退去時の精算をめぐって貸主と認識がずれることがあるため、契約前に確認しておくべき項目です。
100%償却という契約も存在する
検索でよく見かける「敷金100%償却」は、預けた敷金が全額返ってこない契約を指します。飲食店やサービス業の店舗物件で見られる形で、保証金という名称で高額を預け、全額が償却されるケースもあります。
この場合、預けた金額は実質的に権利金と同じ性質になります。会計上も預け金として資産に置いておく理由がなく、支出した時点から費用の性格を持ちます。ただし税務上は支出の効果が1年以上に及ぶかどうかで扱いが分かれるため、全額を支払時の損金にできるとは限りません。詳しくは後の繰延資産の項で説明します。
勘定科目の選び方
返ってくる部分は差入保証金
退去時に返還される敷金は、貸主に預けているだけで自社の債権です。勘定科目は「差入保証金」を使い、貸借対照表では資産に計上します。会社によっては「敷金」「敷金・保証金」という科目名を設けていることもあり、科目名そのものに決まりはありませんが、継続して同じ科目を使うことが必要です。
流動資産と固定資産のどちらに置くかは、返還予定時期で判断します。決算日の翌日から1年以内に返還される見込みなら流動資産、それより先なら投資その他の資産に区分するのが原則です。オフィスの賃貸借は複数年にわたることが多いため、実務では投資その他の資産に置く例が大半です。解約が決まって1年以内の返還が見込まれる段階になったら、流動資産へ振り替えます。
返ってこない部分は長期前払費用または繰延資産
償却されて返らないと決まった部分は、差入保証金から振り替えます。振替先は「長期前払費用」が一般的で、そこから償却期間にわたって費用に振り替えていきます。会社の規模や金額によっては「繰延資産」の科目を使うこともあります。
金額が20万円未満であれば、支出した事業年度に全額を損金にできます。法人税法施行令第134条が定めている少額繰延資産の取扱いで、判定は1つの契約ごとに行います。オフィスの敷金償却は20万円を超えることが多いため、この扱いを使えるのは小規模な区画や短期の契約に限られます。
貸主側は預り金として処理する
借りる側の話が中心になりがちですが、ビルオーナーや転貸をしている事業者は逆の処理になります。受け取った敷金のうち返還義務のある部分は「預り金」または「長期預り保証金」として負債に計上します。自社の売上ではないため、受け取った時点で収益にはしません。
償却の定めがある部分は、償却が確定した時点で収益になります。退去時償却なら退去した事業年度、期間経過による償却ならその時点です。消費税についても同じタイミングで課税売上として認識します。受け取った敷金を全額そのまま負債に置いたままにしていると、償却分の収益計上と消費税の申告が漏れるため注意してください。
仕訳の具体例

契約時に敷金を預けたとき
賃料50万円のオフィスを借り、敷金として賃料10ヶ月分の500万円を預け、そのうち2ヶ月分の100万円が退去時に償却される契約とします。契約時の仕訳は、差入保証金500万円を借方に計上し、支払った現預金500万円を貸方に置きます。この時点では償却部分も含めて全額を資産に計上して構いません。
ただし、償却されることが契約で確定している場合、支払った時点で返還されない部分を長期前払費用に振り替える処理もあります。どちらの方法でも最終的な損益は変わりませんが、償却部分を最初から分けておくほうが、決算時に残高の内訳を把握しやすくなります。継続適用を前提に、自社でどちらかに決めておくのが実務的です。
償却が確定したとき
上の例で退去が決まり、100万円の償却が確定した場合、差入保証金100万円を減らし、同額を長期前払費用に振り替えます。長期前払費用に計上した金額は、その後の償却期間にわたって費用へ振り替えていきます。
契約期間の途中で期間経過による償却が発生する場合も考え方は同じです。償却が確定した時点で差入保証金から振り替え、そこから費用化します。償却が確定していない段階で費用にすると、税務上は損金として認められません。確定した時点を契約書で押さえておくことが必要です。
退去して敷金が返ってきたとき
退去時に原状回復費用を差し引いて返還を受けた場合、返ってきた金額だけ差入保証金を減らします。差し引かれた原状回復費用は修繕費などの費用科目で処理します。償却分をすでに長期前払費用へ振り替えて費用化し終えていれば、この時点で追加の処理は生じません。
実務で残高が合わなくなるのは、償却分の振替を何年も行わないまま退去を迎えるケースです。差入保証金の残高が500万円のままなのに、実際に返ってくるのは原状回復費用を引いた300万円だった、という状況になり、差額の処理を一度に行うことになります。決算のたびに契約書と残高を突き合わせておけば防げます。
消費税の扱い

返還されるかどうかで課税と不課税が分かれる
敷金の消費税は、返還されるかどうかで判定します。国税庁のタックスアンサーNo.6225は、事業用の建物の賃貸借契約の締結や更新に伴う保証金、権利金、敷金、更新料などのうち、返還しないものは権利の設定の対価として課税の対象になると示しています。一方、契約の終了により返還される保証金や敷金は、資産の譲渡等の対価に該当しないため課税の対象になりません。
つまり預けた500万円のうち、返還される400万円は不課税、償却される100万円は課税取引です。全額を不課税として処理していると、償却部分の仕入税額控除を取り損ねることになります。根拠は消費税法第6条、同法別表第2、消費税法施行令第8条および第16条の2、消費税法基本通達5-4-3などで、令和8年4月1日現在の法令等にもとづく内容です。
住宅と事業用では結論が逆になる
同じ敷金でも、住宅の賃貸借では扱いが違います。住宅に係る賃貸借契約の締結や更新に伴う保証金、権利金、敷金、更新料などのうち返還しないものは、非課税とされています。事業用は課税、住宅は非課税という整理です。
社宅を借り上げている場合や、建物の一部を住宅として使っている場合は、契約で用途がどう定められているかを確認してください。国税庁は、契約において住宅用であることが明らかにされているもの、または用途が明らかにされていない場合に貸付けの状況から住宅用であることが明らかなものに限ると示しています。契約書の記載が判定の出発点になります。
仕入税額控除のタイミングは償却の確定時
償却部分を課税仕入れとして処理するタイミングは、返還されないことが確定した時点です。退去時償却なら退去した課税期間、期間経過による償却ならその時点の課税期間になります。契約時にはまだ返還されるかどうかが確定していないため、預けた時点では処理しません。
インボイス制度のもとでは、仕入税額控除を受けるために貸主からの適格請求書が必要です。償却は退去時にまとめて発生するため、精算書が請求書の要件を満たしているかを確認してください。貸主が免税事業者の場合は経過措置の対象になり、控除できる割合が変わります。