自社ビル売却の流れと注意点|メリット・デメリットから手続きまで解説

企業の資産効率化や財務改善の手段として、自社ビル売却への関心が高まっています。2025年5月には日産自動車が横浜の本社ビル売却検討を発表するなど、業績立て直しや事業再編の一環として不動産売却を活用する企業が増加しています。

東京証券取引所が資本効率を重視した経営を求める中、アセットライト経営への転換を図る企業も目立ちます。本記事では、自社ビル売却のメリット・デメリットから具体的な手続き、注意点まで詳しく解説します。資金調達や経営改善を目的とした不動産売却を検討している企業経営者や財務担当者の方は、ぜひ参考にしてください。

自社ビルを売却する前に考えること

自社ビル売却を決断する前に、経営戦略全体の中での位置づけを明確にする必要があります。まず、売却の目的を具体化しましょう。資金調達が目的なのか、コスト削減なのか、それとも事業再編の一環なのかによって、最適な売却方法や時期が変わってきます。

また、売却後のオフィス戦略も重要な検討事項です。賃貸オフィスへの移転、リモートワークの推進、サテライトオフィスの活用など、新しい働き方に対応したオフィス環境を事前に計画することで、スムーズな事業継続が可能になります。さらに、従業員への影響や取引先からの信頼性についても慎重に検討する必要があるでしょう。

直近では日産が自社ビルの売却を検討

日産自動車は2025年5月、横浜市にある本社ビルの売却を検討していることが明らかになりました。同社は経営再建計画の一環として、2027年度までに国内外の7工場を閉鎖する方針を打ち出しており、この大規模なリストラに伴う費用を賄うため、資産価値1000億円超とされる本社ビルの売却を検討しています。

約2万人規模の人員削減も予定されており、2026年3月期には約600億円のリストラ費用が追加で発生する見込みです。この動きは、業績不振に陥った企業が資産売却により財務体質の改善を図る典型的な事例といえます。日産の本社ビル売却検討は、企業再建における不動産活用の重要性を改めて示す事例として注目されているでしょう。

自社ビル売却のメリット

自社ビル売却には複数のメリットがあり、適切に活用することで企業の競争力向上につながります。ここでは主要な3つのメリットについて詳しく解説します。

資金調達による事業拡大

自社ビル売却の最大のメリットは、短期間で大規模な資金調達が可能になることです。銀行融資や社債発行と比較して、担保や保証人が不要で、金利負担も発生しません。調達した資金は新規事業への投資、デジタル化推進、研究開発費など、将来の収益向上につながる分野に集中的に投資できます。特に成長企業にとって、不動産という非事業資産を現金化することで、事業拡大のスピードを大幅に向上させることができるでしょう。また、M&Aの資金としても活用でき、企業規模の拡大や新市場への参入を実現する重要な原資となります。

固定費削減とオフバランス化

自社ビル売却により、固定資産税、管理費、修繕費といった維持コストを削減できます。これらの費用は年間数千万円から億単位になることも多く、削減効果は経営に大きなインパクトを与えるでしょう。さらに、バランスシートから不動産資産を除外するオフバランス化により、ROA(総資産利益率)やROE(自己資本利益率)などの財務指標が改善されます。この結果、投資家からの評価が向上し、株価上昇や資金調達コストの低下につながる可能性があります。加えて、資産圧縮により借入可能額が増加し、金融機関からの信用度向上も期待できます。

経営資源の本業集中

不動産管理業務から解放されることで、経営陣や担当部署が本業により集中できるようになります。ビルの維持管理、テナント対応、設備更新計画など、不動産に関する業務は意外に多くの時間と労力を要するものです。これらの業務を専門業者に委ねることで、商品開発、マーケティング、顧客サービスなど、企業の競争力に直結する分野により多くのリソースを配分できます。特に中小企業では、限られた人材を有効活用する観点から、このメリットは非常に大きいといえるでしょう。本業への集中により、市場競争力の強化と収益性の向上が期待できます。

自社ビル売却のデメリット

自社ビル売却にはメリットがある一方で、慎重に検討すべきデメリットも存在します。ここでは主要な2つのデメリットについて解説します。

賃料負担の継続発生

自社ビル売却後は賃貸オフィスへの移転やリースバック契約により、毎月の賃料負担が発生します。この賃料は永続的なコストとなり、長期的に見ると売却益を上回る可能性もあります。特に都心部の一等地では賃料が高額になりがちで、年間数億円の負担となることも珍しくありません。また、賃料は定期的に見直されるため、将来的に負担が増加するリスクもあります。さらに、賃貸契約では敷金や保証金の差し入れが必要になり、一時的に多額の資金が拘束される点も考慮する必要があるでしょう。売却を検討する際は、将来の賃料負担と売却益を慎重に比較検討することが重要です。

資産喪失による信用力低下

自社ビルは企業の信用力を示す重要な資産でもあります。売却により担保価値のある不動産を失うことで、金融機関からの評価が下がり、今後の融資条件に影響を与える可能性があります。特に中小企業では、不動産担保が融資の重要な条件となることが多く、売却後の資金調達に制約が生じるリスクがあります。また、取引先や顧客からの信頼性にも影響する場合があり、「業績悪化による売却」と受け取られると、企業イメージの悪化につながる恐れもあります。さらに、賃貸オフィスでは立ち退きリスクもあり、事業継続性への懸念が生じる可能性も考慮する必要があるでしょう。

リースバックか通常売却か

自社ビル売却には大きく分けて通常売却とリースバックの2つの方法があります。通常売却は買い手に完全に所有権を移転し、売却後は別の場所に移転する方法です。一方、リースバックは売却後も同じ場所で事業を継続できる手法で、電通やソニーなどの大手企業が採用しています。リースバックの最大のメリットは、住所変更や移転コストが不要で、顧客や取引先への影響を最小限に抑えられることです。ただし、賃料負担が永続的に発生し、将来的な負担が大きくなる可能性もあります。通常売却では移転費用がかかりますが、賃料負担を抑えた新たな立地を選択でき、オフィス戦略の見直しが可能です。企業の事業内容、財務状況、将来計画を総合的に考慮して最適な方法を選択することが重要でしょう。

自社ビル売却の流れ

自社ビル売却を成功させるためには、計画的な準備と適切な手順を踏むことが重要です。ここでは売却の主要なステップについて解説します。

売却価格の調査と目標設定

売却プロジェクトの第一歩は、現在の市場価値を正確に把握することです。複数の不動産鑑定士による評価を取得し、近隣の類似物件の取引事例も調査しましょう。国土交通省の土地総合情報システムや不動産ポータルサイトを活用することで、相場感を掴むことができます。評価額に基づいて売却目標価格を設定する際は、売却にかかる諸費用(仲介手数料、税金、登記費用など)も考慮に入れる必要があります。また、売却スケジュールも重要な要素で、急ぎの場合は市場価格より低めの設定が必要になることもあります。目標価格と最低売却価格を事前に決めておくことで、交渉時の判断基準が明確になるでしょう。

不動産会社の選定

信頼できる不動産会社の選定は売却成功の鍵を握ります。事業用不動産の取引実績が豊富で、同規模のビル売却経験がある会社を選ぶことが重要です。複数の会社から提案を受け、売却戦略、マーケティング手法、手数料体系を比較検討しましょう。媒介契約には専属専任、専任、一般の3種類があり、それぞれメリット・デメリットが異なります。専属専任媒介は1社に絞ることで集中的な販売活動が期待できる一方、一般媒介は複数社による競争効果が見込めます。契約期間や解約条件も重要な検討事項で、通常は3ヶ月程度の契約期間が一般的です。担当者との相性や提案内容の質も判断材料として重視しましょう。

売買契約から決済まで

買い手が決定したら、売買契約の締結に向けた詳細な条件交渉を行います。売却価格だけでなく、引き渡し時期、瑕疵担保責任の範囲、テナントとの賃貸借契約の承継条件なども重要な交渉項目です。契約書には登記簿謄本、建築確認済証、検査済証、図面などの必要書類を添付し、物件の詳細情報を明確にします。売買契約締結後は決済日に向けて準備を進め、所有権移転登記、固定資産税の精算、鍵の引き渡しなどを行います。テナントが入居している場合は、敷金・保証金の承継手続きも必要です。決済時には司法書士による本人確認と登記手続きが行われ、売却代金の受領と同時に所有権が移転されます。

自社ビル売却時の注意点

自社ビル売却を成功させるためには、いくつかの重要な注意点があります。ここでは特に留意すべき3つのポイントについて詳しく解説します。

税金と諸費用の把握

自社ビル売却では多額の税金と諸費用が発生するため、事前の試算が重要です。法人の場合、売却益は法人税の課税対象となり、実効税率約30%が適用されます。譲渡所得は売却価格から取得費と譲渡費用を差し引いて計算され、取得から5年超の長期譲渡の場合は軽減税率が適用されることもあります。また、売却価格の10%の消費税も発生し、買い手が負担するのが一般的です。仲介手数料は売却価格の3%+6万円(+消費税)が上限で、登記費用、印紙税、司法書士報酬なども必要です。相続で取得したビルの場合は取得費加算の特例が利用でき、税負担を軽減できる可能性もあります。

テナント対応と契約引き継ぎ

テナントが入居している収益ビルの売却では、賃貸借契約の適切な引き継ぎが重要になります。まず、テナントに対してオーナーチェンジの事前通知を行い、不安を与えないよう丁寧な説明を心がけましょう。敷金・保証金の承継手続きでは、金額の確認と引き継ぎ方法を明確にし、トラブルを防ぐ必要があります。賃貸借契約書の写しや重要事項説明書、修繕履歴なども買い手に引き継ぎます。特に定期借家契約の場合は更新時期や条件を正確に伝えることが重要です。売却後のトラブルを避けるため、テナントとの契約内容や滞納履歴、クレーム対応記録なども包み隠さず開示することが求められます。

売却タイミングと市場価格の見極め

不動産市場は景気動向や金利、地域開発などの影響を受けて変動するため、売却タイミングの見極めが重要です。一般的に、景気拡大期や低金利環境では不動産価格が上昇傾向にあり、売却に有利な条件となります。また、周辺地域の再開発計画や交通インフラの整備予定なども価格に大きく影響するため、事前の情報収集が欠かせません。企業の決算時期や資金需要との兼ね合いも考慮し、最適な売却時期を決定しましょう。ただし、市場の動向を完全に予測することは困難なため、経営上の必要性を最優先に判断することが賢明です。専門家の意見も参考にしながら、総合的な観点から売却時期を決定してください。

大手企業の売却事例

実際に自社ビル売却を実行した大手企業の事例を通じて、具体的な手法や効果について学んでいきましょう。ここでは特に注目される3つの代表的な事例を紹介します。

電通グループの汐留本社ビル売却

電通は2021年、コロナ禍による広告収入の急減を受けて、東京・汐留の本社ビル(地上48階・延床約21万㎡)を少なくとも2,680億円でファンドに売却しました。同時に11年間のリースバック契約を締結し、帳簿との差額約890億円を売却益として計上しています。この取引により重い有利子負債を圧縮しつつ、DX投資の原資を確保することに成功しました。所在地やブランドイメージを保持したまま巨額のキャッシュを一括調達した点で、大規模セール・アンド・リースバックの代表例といえます。リースバック方式により従業員への影響を最小限に抑え、取引先や顧客からの信頼も維持できました。

シャープの大阪阿倍野本社ビル売却

シャープは2015年9月、業績悪化が続く中で大阪府阿倍野区の本社ビルと隣接する田辺ビルをニトリホールディングスとNTT都市開発に合計188億円で譲渡しました。売却益148億円を計上し、譲渡価格は帳簿価額の約5倍という好条件での取引となっています。引き渡し後も2018年まで賃貸で入居を継続することで拠点機能を維持し、段階的な移転を実現しました。この売却により固定費削減と資金調達を同時に達成し、「資産を持たない経営」への転換を象徴する取引となりました。再建計画で掲げたアセットライト化戦略の成功例として、多くの企業が参考にしている事例です。

ソニーグループの大崎本社ビル売却

ソニーは2013年、赤字転落が続いていた時期にJR大崎駅前の「ソニーシティ大崎」(延床約16万㎡)を日本ビルファンド投資法人などに約1,111億円で売却しました。そのまま入居する形でリースバックを選択し、営業利益に約680億円の売却益を計上することで財務体質を一気に補強しています。同時期にはニューヨーク本社ビルも10億ドル超で処分しており、不採算事業の穴埋め資金と事業再編原資を確保しました。「場所と看板は残し、資金だけを引き出す」というアセットライト戦略の先駆的事例として高く評価され、その後の多くの企業の参考となった取引です。

自社ビル売却のご相談は日商保へ

自社ビル売却は、資金調達、経営改善、事業戦略の見直しを実現する有効な手段です。電通、シャープ、ソニーなどの大手企業の成功事例が示すように、適切な手法と時期を選択することで、企業価値の向上と財務体質の改善を同時に達成できます。

リースバックと通常売却の選択、税務対策、テナント対応など、多面的な検討が必要になるため、不動産売買から賃料査定、リーシング業務まで総合的なソリューションを提供できる専門会社のサポートが重要です。

日商保では、企業の自社ビル売却から売却後のオフィス戦略まで、一貫したサービスでお客様の経営課題解決をお手伝いしています。自社ビル売却をご検討の企業様は、ぜひお気軽にご相談ください。

弊社へのお問い合わせ